英語と日本語の差、そして図と文字の違い

英語の本を読んでいて、言語に対する感覚の違いを感じることがあります。昨日も子供用の編物本を読んでいたら、次のような文章が出てきました。

イラスト見てもよくわからない?きっと君は視覚的な人間じゃないんだね。そしたら文章だけを読んでごらん。それで理解できたら、もう一度実際にやってみながらイラストを見るんだ。そしたら、どのようにしたらいいか「見て」も理解できるよ。

う〜。日本では「百聞は一見に如かず」ということわざもあり、関西人は「見て分からんもんは聞いても分からん」というフレーズを何度となく耳にします。日本の子供向け編物本の一冊に「小・中学生の棒針編み教えて」(雄鶏社,1987)という本がありますが、これを開くとフルカラーの写真とかわいいイラストが満載!という感じです。逆に文字の説明など1・2行。文章が5行続くこともまれです。子供用に限らず、大人用の編物本でもそれほど文字数は多くありません。

ところが洋書では、10歳用という本でも文字・文字・文字、です。もちろん、子供用に漫画のようなイラストもありますが、正直あまりうまくありません。大人用の編物本でも、一般的にイラストはそう上手くありません。ハードカバーの本を開いて、汚くマジックで×を書いたようなチャートとか、デッサンのデの字もないような手のイラストを見ると、本当にこれで気にならないのかと、著者のかわりにこっちが驚いてしまいます。(もちろんすべての本がそうではありません。ヴォーグ社の本は綺麗な絵が多いようです。)

これで思い出すのが、コンピュータ科学者のドナルド・クヌースです。この人は、”The Art of Computer Programming”という著作で有名ですが、これは現在7巻を出版していて、まだ執筆中という大部の本です。クヌースはものすごくこだわる人で、最初にこの本の執筆を始めた頃は活版印刷だったのが途中でコンピュータ組版に変わったとき、本の見栄えが極めて落ちたこと、またクヌースは本の間違いに懸賞を出しているのですが、間違いの大部分がつまらない誤植であること、に腹を立てて、自分で組版ソフトTeXとフォント記述言語METAFONTを作ってしまいます。その開発に、なんと9年です。私たちもずいぶん以前にTeXを使ったことがありますが、その印字品位のすごさには度肝を抜かれたことを覚えています。(クヌースは、自分の国の活版印刷工が日本の印刷工のような技術を持っていればおそらくTeXは書かなかっただろうと日本の組版技術を絶賛していましたが。)

超大作の”The Art of Computer Programming”ですが、この本が文字ばかりで図がありません。驚くべきことにTeXという組版言語には画像を処理する機能がないのです。クヌースはSという文字ひとつを研究した”The Letter S”という本を執筆したほどのこだわりの人ですから、図が自分の著作に必要だとすればどれだけの時間がかかっても作図機能をTeXにつけたはずです。おそらく彼の完璧な著作に図解は必要ないものなのでしょう。

編物のパターンを表現するのに、日本は編図、アメリカ・ヨーロッパはテキストパターンを主に使いますが、これはもしかすると相当に根の深い文化の違いによるものかもしれません。日本は識字率の高さでは、世界で有数の国なんですけどねぇ。

★読売ゼロパソ2002 Vol.2 の「バレンタインデー&ホワイトデー大作戦」にこのホームページが掲載されました。(p.106)

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