超絶技巧の名人は伝説となるが、編み物技術はどうなんでしょうね。

世には天才的な腕を持った職人がいるようです。一番有名なのは左甚五郎でしょうか。ただ私たちは関西人で東照宮には行ったこともないし、江戸落語にも疎いので、伝説の名人としては出雲の指物師、小林如泥をあげたいと思います。石川淳「小林如泥」(中公文庫、「諸国奇人伝」内)には面白い伝説がたくさん収録されています。酒代の代わりに亀の彫物で済ませようとして酒屋のおやじは渋い顔をしたが、その彫物を水に入れると泳ぎ出し、それを見にくる人で酒代以上にもうかった、とか。杉の四分板に五寸釘を打って菓子器を作った、というような逸話はどれも楽しいものです。しかし、私たちは次の二つが特に面白かったです。

  • 書家がものすごく大きな布に字をかけと頼まれて、木炭で下書きをしようとするが、大きすぎて困っていた。如泥はそれを見て、沢山の黒豆を用意させ、布を庭に出し、書家を庭の木に登らせた。別の人を使って布の上に黒豆で字を書かせて、おかしいところは木の上の書家に直させる。そのあと、木炭で黒豆をなぞって無事に字が書けた。
  • 殿様が、如泥と別の彫師とを競わせるために、二人にネズミを彫らせた。二つのネズミを並べて、どちらが優れているか、判定役は猫だった。猫はすぐさま如泥作のネズミに飛びついた。如泥のネズミはカツオブシで作られていた。

左甚五郎の伝説はやけに神がかっていたり、忠孝じみていたりするのですが、如泥の逸話はもっと軽くて楽しいと思います。しかも、もしかしたら実話ではないかと思うのです。
実話であれ、伝説であれ、一職人の逸話が今日まで語り継がれているのは、やはりスゴイことです。いかに如泥の作品が素晴らしかったかと思わせます。実は私たちは如泥の作品を見たことがないんです。ただ石川淳氏の名文は読むだけで如泥の名品を堪能した気分にさせる力があります。この大文章でどこかの編物師のことを書いてもらえたらどれほど楽しめたかと思うと、う〜んめっちゃ悔しい!でも悔しがる前に、そんな伝説の編物師がどこかにいましたっけねぇ?

(中公文庫「諸国奇人伝」は旧字旧かなづかいですので、まさかとは思いますが、通販で購入される場合はご注意ください。)

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