カリスマ・ニッターEZ(最終回)

色々と書いてきましたが、アメリカニット界で、20世紀最大の影響力があったニッターを一人あげろと言われれば、EZをおいて他にはないでしょう。彼女に対して良い感情を持っていない人でも、これに対しては異論はないのではないかと思います。EZのニット界への貢献の第一は、シンプルで編みやすく流行にとらわれないデザインのニットウェアを分かりやすい言葉で解説し、編物という趣味の裾野を広げたということです。EZは、Knitting without Tears の中で、「数千以上の編地があって、どこかの本にはそれが載っているだろうが、私は取り上げません。」と語りますが、事実彼女の作品はほとんどすべてがメリヤス編みかガーター編みで出来ており、仔細に検証すると輪編みの作品はメリヤス、平編みの作品はガーターが多いことが分かります。つまりEZのニットウェアの90%くらいは表編みだけで編めるのです。その代わり、ニットウェアを作る方法は極めてバラエティに富んでおり、編物に慣れている人ほど、逆に、こんな方法でセーターが編めるのか、こんな方法で靴下が作れるのか、と衝撃を受けるような意外な造形が行われています。

この功績も高く評価されるべきでしょうが、私たちが最も強烈な印象を受けるのは、「作品の出来を問わない」という態度です。彼女はKnitting without Tears の中で、編み目の堅いニッターを厳しく糾弾します。そして、編み目を揃えようとしてきつく編むことは絶対するなと訴えかけます。編み目がそろったからどうだというのだ、買ってきた機械編みセーターの複製でも作ろうとしているのか、EZは言葉も激しくゆるく編むように繰り返し語るのですが、その理由は「編物が楽しい、リラックスしたものにならなくなるから」です。EZの「正しい方法の編物は、荒れた心を慰めます。まして荒れていない心を傷つけることはありません。」という言葉が最も有名なフレーズとなっているのは、この宣言が多くの読者の心に深いインパクトを与えたためではないかと思います。要するに上手く編もうとするな、上手く編むよりも、心穏やかに編むことの方が大切だと、この「ニットの女王」は歌い上げているのです。

私たちはEZのこの言葉は、クーベルタン男爵のオリンピック憲章の有名な「参加することに意義がある」にも匹敵するものではないかと思います。つまり、結果よりも過程を重視するというアマチュアリズムの宣言です。EZの本の作品を見ていると、日本の編物本のようなシャープな雰囲気は見当たりません。Knitting Without Tears の現在の版の表紙にある帽子とマフラーも、見ようによってはよれよれという感じの作品です。ページをめくっても、昔お婆ちゃんが編んでくれたセーター、とでも言うようなシルエットのぼやけた感じの写真が出てきます。EZ自身がどれほどの編み手だったかは良く知らないのですが、すくなくともEZの中に、自分の技法を見せ付けるような態度があまり見えないということは事実のように思えます。

その代わりEZは、株投機に時間を費やすなら編みなさい、旅行に行くなら編みなさい、待ち時間があるなら編みなさい、と日常的に編物をし、そして心を落ち着けなさい、と呼びかけます。世の男性は手編みの靴下をとても喜ぶ、合間合間に編物をしたら(彼女の計算では)年間数十足の靴下が出来る、クリスマスプレゼントの問題は解決する、とEZはユーモラスに、しかし強烈に呼びかけます。自分のため、夫のため、子供のため、愛するもののため、編みなさい。これはある意味でおせっかいでうっとおしい呼びかけでもあるのですが、そこにはアメリカ社会の中で失われつつある家族の絆に対する回顧と危機意識がないまぜにされていて、強くアメリカ人の心を打つのではないか、これが私たちの想像です。

しかし、大きく見ると事態は日本においてもそう違わないように思えます。ですから、私たちはEZは日本においてもカリスマになりうるのではないかと思います。凝りに凝ったデザイン、複雑で面倒な技法、無理やり背伸びした意図的な個性化、このようなニットウェアに一般の愛好家が疲れた果てたとき、EZはその心を癒す救世主としてこの日本にも降臨するかもしれない、これが私たちのもう一つの想像なのです。

最後に、Knitting without Tears の裏表紙からEZの言葉を引用して、このシリーズを終わりにしたいと思います。

自信と希望を持って編み続けなさい。あらゆる危機を乗り越えて。


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