技法中心の編み物教育の弊害

現在の編物教育の問題点は、やはり「技法中心」というスタンスの弊害が大きいということでしょう。編物の上級者というのは、「技法の」上級者であり、編物が上達するというのは「技法が」向上することと同じ、というのが現在の編物教育の基本的なスタンスとなっているようです。

もちろん、最低限の技法が扱えなければ編物を形作ることができないわけですから、それを否定することはできませんが、一つはっきりと言えることは、複雑な技法を使った作品だからその作品が優れている、ということにはならないということです。

学校と技法で思い起こすのは、やはりフランスの美術アカデミーでしょう。 フランスの王立美術アカデミーは、絶対王政の元で御用機関としての地位を確立し、サロン(官展)を管轄することになります。 権威主義の象徴のように語られるアカデミーですが、元々は徒弟制度しかなかった絵画彫刻の世界に、学校制度を取り入れ、芸術の地位を向上させるという革命的な活動だったらしいです。アカデミーではカリキュラムとして、解剖学・遠近法・美学・美術史などを体系的に勉強したようです。元々、排他的な色彩の強い団体だったようですが、19世紀には完全に芸術の進歩を妨害する側に立っていました。

アカデミーはサロンを支配下におき、自分たちの価値観にそぐわない絵画は入選させませんでした。サロンに入選しない限り、画家とは認められず、絵を売ることもままならなかったのです。このサロンに入選しなかった絵の展覧会、いわゆる「落選展覧会」として「アンデパンダン展」が開催されるのが1884年のことで、アンデパンダン展には、後の印象派の巨匠たちが綺羅星のごとく傑作を出品し、美術史上に名を残しています。 今日、ルノワール・モネ・ゴッホ・セザンヌなどの名前を知らない人はほとんどいないでしょうが、これら印象派の絵画を毛虫のように嫌い、徹底的に弾圧した、アカデミーの大家、ブグロー・ジェローム・カバネル、などの名を知る人は少ないでしょう。 実は、これらの画家の作品は日本の絵画展などでも、ちょくちょく目にすることがあるのですが、たいてい入り口近くにあって、見る人もそぞろ歩きをしながら、というくらい注目されていません。

これまでは、こういうアカデミズム画家の作品を一覧する機会は少なかったのですが、インターネット時代になり、Googleのイメージ検索でBouguereauを検索すると、この大家の作品がずらりと出てきます。 編物をする少女という作品一つを見ても、ブグローの技量がどれほどすさまじいものであるかがわかります。安定した三角形の構図、暗い背景、足元からS字状に体の線を目で追っていくと編物をする手元から背景へと視線が流れて、心地よい遠近感を感じさせます。レンブラントライトに浮かび上がる大理石のような艶かしい肌の表現は、西洋絵画のお家芸ですが、それにしてもここまで描きあげる力量は並大抵ではありません。 これこそ、絵画だ、という感じの絵なのですが、モチーフの月並みさはどうしようもありません。ブロードバンドになって、一番の楽しみは、いろいろな時代の絵画をネットサーフィンできることなのですが、今回、アカデミー画家の作品を立て続けに見ると、げんなりしてしまいました。

近年、フランスのアカデミー画家はあまりにも印象派の影になりすぎていたということで見直しされてきており、ブグローやジェロームの絵もサザビーなどでかなり高値になるようです。しかし、アンリ・ルソーの眠れるジプシー女と、ルソーがヒントにしたという、ジェロームの二つの威厳とを見比べると、どうでしょう。 いわゆる「日曜画家」としてアカデミックな技法は全く拙いアンリ・ルソーの絵画が与える叙情と、技法だけは優れた大家の陳腐な画題とを比べてみれば、技法中心の価値観が絶対の意味を持たないことは明らかです。 もちろん、技法自体に罪はありません。責められるべきは、既存の技法の価値に寄りかかることによって権威を保とうとする創作姿勢そのものです。

なお、ブグローの「編物をする少女」は海外でポスターが販売されています。Allposters.comの検索で、bouguereauを入力すると、3ページ目くらいで見つかります。ほかにも、Tricoteuseという編物をする少女の作品があります。ブグローは、編物に特別な思い入れがあったのでしょうか。 印象派を弾圧したということで、ブグローは悪役となっていますが、彼は貧しい出自でありながら、努力によって地位を築いた人らしいので、そういう意味では決して悪人でなかったのでしょう。敬謙なキリスト教徒として、信仰も篤かったようです。ただ、貧困と病気に苦しめられ、生涯一枚の絵も売れず、最後には自分に弾丸を撃ち込むに至ったゴッホの手紙などを読むと、悪役とされてもしようがないとも思います。複雑ですが。

アンリ・ルソーの傑作の鑑賞は、The dream of Henri Rousseauの、Galleryでどうぞ。この人、自宅の壁に「夢」を描いていますね〜。う、うらやましいぃ。

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