Vouge専用の毛糸番号

200301191.jpgVogue Knitting 刊の ‘Vogue Knitting on the go!というシリーズ本があります。これは、日本で言えば「プチブティックシリーズ」くらいの小さな本です。このシリーズの ‘SOCKS’ という本の中に、謎の靴下が載っています。それは、’Heathered Fair Isle Socks’ というフェアアイルソックスです。この靴下は、この本の中でもひときわ素晴らしい作品です。本に作者名は載っていないのですが、私達は、これをアリス・スターモアの作品ではないかとにらんでいます。理由は、デザインセンスの素晴らしさもありますが、使用糸が ‘Alice Starmore Scottish Campion’ だからです。他のデザイナーが別の人の名前を冠した糸を使ってデザインをするでしょうか?まず考えられません。

200301193.jpgアリス・スターモアの作品と分かって私達はどうしてもこの靴下をオリジナル糸で編んでみたくなりました。しかし、この毛糸はもう売っていません。ですが、私達はアリス・スターモアオリジナル糸の見本帳を持っています。この糸見本帳で色を確認すれば、代替糸を選ぶことも不可能ではないはず、…でした。そういうイージーなもくろみは最初の段階で吹き飛びました。本に載っている糸番号も糸名も、まったく糸見本帳にないのです。信じられませんでした。たとえば、本に○社の×という糸の#100番(ベージュ)という毛糸が指示してあって、その○社の糸見本帳をみたら、#100もベージュも載っていないというようなことがあるでしょうか?目を疑いましたが、現実です。

後から分かったことですが、実はVouge社では、毛糸にVouge専用の番号と名前を本に載せていたのです。 なぜそのようなことをしたかは分かりません。一つの想像としては、なんらかのオリジナルショップがあってそこからの購入させると言う意図が考えられませすが、天下の Vouge Knitting にしてはあまりにもけちくさい話です。実は、他にもこのオリジナル番号のせいで糸の入手がほぼ不可能になっているアリス・スターモアの素晴らしい作品があるのです。本当に編物界全体の損失ではないかと思います。

これが他の人の作品であれば、写真から似たような配色を選んで編めばいい、とも思い直せるのですが、アリス・スターモアの作品の魅力は何といってもその配色の妙にあります。これは、実際に作品を編んだ人なら同感してもらえると思うのですが、アリス・スターモアの配色は絶品です。オリエンタルでエキゾチック、ゴーギャンを思い起こさせる不思議な色バランスで、独特のパワーと生命感があります。靴下という小品ではありますが、なんとしてもアリス・スターモアの配色をオリジナルで確認してみたい、だめと分かると余計にそういう気持ちがつのってきました。

そこで、毛糸に詳しいある海外の手芸店のオーナーに泣きつきました。しかし、また壁に当たってしまいました。 折り悪くそのオーナーの娘さんが病気で、仕事を休んでいたのです。しかし、メールのやりとりをしている間に、このVougeの番号とアリス・スターモア糸の番号の対比を知っている人が一人いることを教えてくれました。休暇から戻ったら電話してみる、というメールをもらってから、私達はイライラしながら待ちました。そして、ついに全ての色の毛糸が揃うことがわかりました。こういう機会はもう二度とないかもしれませんので、私達はその手芸店から三セット(6足)分の毛糸を購入しました。ほとんどは、オリジナル糸ですが、一部代替毛糸も混じっています。しかし、この代替糸はオリジナルと完全に同じものであることを保証する、という言葉をいただきました。ただし、同時にこれについては絶対口外しないように注意されました。そのころ、アリス・スターモア糸がなくなってから、それと同じ糸だという名目で沢山の毛糸が販売されているために、訴訟騒ぎが起きていたのです。つまり、偽ブランド毛糸の摘発ということです。そのため、取引に関してはお互い神経質でした。実は、これはすでに2年以上前の話です。もう、そろそろほとぼりがさめてきたのではないかと思い、よもやま話に載せることにしました。しかし、代替糸についてはアリス・スターモアの意思を尊重し、今後とも公表する予定はありません。

200301192.jpgしかし実際に苦労して毛糸を集めてみると、やはり苦労のしがいがあったというのが実感です。靴下という小さな作品に使われている色は全部で8色、しかもそのうち5色までが良く似てはいるが微妙に違うダークグリーンなのです。つまり、似たような色の毛糸で代替してもオリジナル配色の妙は決して味わえないということが分かります。

このように、アリス・スターモアの古い作品を実際に編もうとすると、糸の入手にはとにかく苦労します。とくに、アリス・スターモア毛糸を使っている本の場合は絶望的な場合があり、下手にいい作品を見てしまうと精神衛生上極めて問題ですので、どうぞご注意ください。アリス・スターモアは今後は、いわゆる「フェアアイル」作品を発表しないと言っています。しかし、アリス・スターモア毛糸が発売されていた時期には、数あるアリス・スターモアのフェアアイル作品の中でも傑作中の傑作として評価が高い作品が発表されています。今振り返ってみても、この頃は脂の乗りきった時期だったように思います。これらの傑作を編むには、いずれも一作品で22〜24色の毛糸が必要ですが、もう毛糸の入手は困難ですし、アリス・スターモアも過去の作品をそのまま復刻する予定はないと宣言しています。

世界中でどれくらいの人がこれらの作品用の毛糸を持っているかは分かりませんが、私達はドタバタの最中にこれら傑作の毛糸セットをすべて入手し、今も厳重な管理のもとに保管しています。毎年、年代物のワインを眺めるような気持ちで、この毛糸を虫干ししていますが、いまだに手がつけられません。飲めばワインは瓶だけになってしまいますし、編めば毛糸は無くなってしまいますからねぇ。

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