裏表がないセーターがあるのか?ガーンジーの伝説(8)

【新伝説】ガンジーセーターには、裏表がない。

この伝説は新しい

10年前、ガーンジーを調べていたときは、この伝説には出会わなかった。もちろん、調査が不十分だったのかもしれない。しかし、もし広範囲に広まっていたら、必ずどこかで知ったはずだ。当然だが、ガーンジーの専門書には、こんな伝説は書かれていない。したがって、この伝説が生まれた(というより、どこかにあった伝説が広まりだした)のは、ごく最近の出来事のはずだ。おそらく、ネット社会になってから、ある時点で急に広まりだした伝説ではないだろうか?

イギリス発、日本でねじれる

この伝説を聞いたとき、ふたつのことがひらめいた。ひとつは、ネタ元は絶対にイギリス近辺にあるということ。もうひとつは「裏表」ではなく「前後」を誤解したのだろう、という予測だ。ひとつめはともかく、ふたつめはあまり自信がなかった。というのも、裏表は、inside/outside (あるいは right side/wrong side)で、前後は front/back だから、間違えようがないと思ったのだ。結果的に、どちらも正しかったようなのだが、裏表と前後を間違えるなんてなー。

伝説の捜索

伝説の捜索は、ネッシーとは比較にならないほど簡単だった。まず、Wikipedia で Guernsey(clothing)をひいた。そしたら、次のようなものすごく怪しい記述があった。(強調は引用者による)

The guernsey’s tightly knitted fibres and its square shape, with a straight neck so that it could be reversed, make it a particularly hardy item of clothing.

この文のReferenceがあったので、そこをクリックすると、さっそく真犯人登場だ。Flamborough Marine Limited という、機械編みガーンジーセーターを売ってるショップだ。和菓子店のホームページに「うちの○○餅は、数百年の歴史があり…」、みたいなウンチクが書いてあったりするけど、そんなところの記述をうのみにして引用するとは !

Note that the patterning is the same, back and front. This means that the Gansey is reversible, so that areas which come in for heavier wear, such as the elbows, can be alternated.

(パターンは、前後とも同じであることに注目。これは、ガーンジーはリバーシブルであるということで、肘のようによくこすれる部分を交互にすることができる。)

犯人はreversible

reversible だったのか!ま〜、セーターがリバーシブルって言われたら、裏表と誤解するかもしれないな。大辞林で「リバーシブル」という外来語をひいたら「表裏ともに使える布や衣服。」と、しっかり書いてある。しかし英語では、コインをひっくり返しても reverse 。直前の文にパターンは back も front も同じことに注目、と書いてあるんだから、これは前後を返すという意味にしかとれない。

結論: オレオレヒストリーの誤読

伝説の出所はショップのオレオレヒストリーの誤読。締まらないオチだ。とはいえ、伝説の始めなんてこんなもんだ。ところが、発生から時間がたつにつれ、じょじょに尾ひれがついて、神秘性を帯びてきたりする。だから、雪玉の転がり始めをしっかり記録しておくことが大切だと思う。実際、ここの説明文にはリバーシブルの利点が「こすれる場所を均等にする」ことだと書いてあるのに、なんと「暗闇の中で着られるようにするため」という脚色が早くもついている。おそらく、すでに孫引き・ひ孫引きが起きているはずだ。このとんでもない伝説、意外に化けるかもしれない。


余談だがNHK朝ドラ「マッサン」で、マッサンは見事な模様のエリスキー風ガーンジーセーターをときどき裏返しに着ていた。縫い代のない輪編みのセーターに慣れていない人が多いので、裏表の区別がつきにくいのだろう。しかし裏表はちゃんとある。NHK大阪も間違いを認めて下のようなツイートをしている。おかしな伝説を広めた人も修正してほしい。

マッサンが着ているセーターは本物の手編みで、糸もおそらくガーンジーヤーンだろう。昔のガーンジーセーターの編み方をかなり正確に再現している。プロの仕事だ。色が濃紺でないのは、テレビ映えのためにはやむをえなかったのだろう。肩はぎは薄く、首の拾い目もギリギリを正確に拾っているから、裏側でも非常に綺麗だ。裏でも手を抜かずに、表と間違えられるほどていねいに仕上げたのがアダとなって、裏表に着られたり、変な伝説が生まれたりするとはなあ。不条理な世の中だ。

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