ガーンジーセーターは暖かいのか?ガーンジーの伝説(16)

「ガーンジーセーターには前後がない」というのは、制作工程が簡単なセーターを「本物」だと、ミスリードすべく作った伝説で、そのルーツは、ほぼわかってきたと思っている。

ここからは、もっと時代がかった伝説についても検証していきたい。

伝説 ガーンジーセーターは暖かい

ガーンジーセーターはものすごく暖かい、という伝説がある。極寒の海で働くフィッシャーマンのセーターだから信じられないほど暖かい、という話だ。

その理由として、毛糸を強くよってあるから空気を含んで暖かい(強くよると繊維の隙間がなくなるのだが)だの、模様編みが信じられないほど多量の毛糸を使うから(せいぜい一目ゴム編み程度)だの、まあ眉唾な話が盛りだくさんだ。(妻が愛情を込めて編んだから、という、メルヘンも入れようかと思ったが、さすがに取り上げる価値はないだろう)

どれだけ寒いんだ?

そこまで強力な暖かさが必要という伝説を信じる人は、ガーンジーセーターの「本場」ガーンジー島は、ディズニーアニメ「アナと雪の女王」でエルサが凍らせたアレンデール王国のように、雪と氷に覆われた島だとでも思っているのだろうか?あいにく、Google Map はファンタジーに理解がないようで、ガーンジー島はロンドンよりも南の場所に表示される。まったく、空気の読めないアプリである。

ロンドンより南とはいえ緯度は50度近い。北緯50度線は、北海道のはるか上、樺太の中央付近を通っている。実は想像以上の寒さかもしれないぞ。というわけで、わざわざExcelで作った力作が下のグラフで、実線がガーンジー島、点線が東京だ。

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このグラフが示すとおり、1月の平均最低気温は5度。東京の0.9度より4.1度も暖かい。1月の平均最低気温が5度というのは、日本では鹿児島が4.6度だからそれより上だ。一方、7月の平均最高気温は19.5度で、こちらは網走の20.8度より涼しい。ガーンジー島の気温は冬は鹿児島より暖かく夏は網走より涼しい。寒暖差に苦しむ日本人から見たら、こんなの反則!とレッドカードを掲げたくなる。もちろんこのグラフはあくまでも平均だし、風速・湿度・日照など、体感温度を決めるには複雑な条件があるが、まず間違いなく、ガーンジー島の漁師より、東京の漁師の方が、冬は厳しい寒さに震え、夏は灼熱地獄を味わっていた(いる)はずだ。

他の海は寒いのか

ガーンジー島は南の島だから当然だとしても、オーロラが見えることがあるほど北極圏に近いシェットランド諸島でも、1月の平均最低気温は1度。東京の0.9度よりまだ上である。これほど緯度が高いのに、真冬にそれほど冷え込まないのは、北大西洋海流という暖流が流れ込んでいるからである。ただし、北の方ほど真夏でも日射が弱く温度があまり上がらないので、農耕的には不利になっていく(だから牧羊が盛んになる)。こういう寒暖の差の少ない過ごしやすい気候は「西岸海洋性気候」と呼ばれており、イギリスはほぼ全域が西岸海洋性気候に属している。イギリスの海を極寒などと表現したら、日本の東北や北海道の漁業関係者が苦笑いするかもしれない。ちなみに、青森県八戸の1月の平均最低気温は -4.2度で、函館なら-6.2度、旭川に至っては-12.3度、桁違いの寒さだ。

想像を絶する寒さではない

誤解されないように断っておきたいが、イギリスの冬の海が寒くないなどという寝言を言っているわけではない。寒風吹きすさぶ真冬の鹿児島の海に出ようものなら、寒くないわけがない。イギリスだって、北に行くほど寒さが厳しくなる。最低気温が高くても、季節風が強く、日射が弱く、霧がよく出て、夏も温度が上がらない場所に住んでみたら、過ごしやすいどころか、年中寒くてたまらんと感じる人もいるだろう。

ただし、マジカルなパワーの暖かさは必要ない。冬になれば、ごく普通のファストファッション店に行って、フリースやダウンを買えばしのげるだろう。

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