最も「アフォーダンス」を欠く道具 ー 棒針

「誰のためのデザイン?」(D.A.ノーマン著,野島久雄訳,新曜社認知科学選書,1990)は、デザインに関する洞察に満ちた本です。

もしも私が最新のジェット機の操縦席に座っていたとして、そこで優雅に流れるように操作ができなかったしても、驚きもしないし、困りもしない。しかし、ドアやスイッチや蛇口やコンロの操作が困難であるとしたらそれは困る。「ドアですって?ドアをうまく開けられないのですか?」と尋ねられるかもしれない。その通り。私は引いて開けるドアを押してしまったり、押して開けるドアを引いてしまったり、横に滑って開くドアに正面から突っ込んでいってしまったりする。私だけでなく、他の人も同じようで、本来なら味わわなくていいはずの困難を覚えているようだ。これらのものを理解しやすく、使いやすくする心理学的な原則は存在するのである。

この本では以上のように説明したあと、ドアを開くときに正しく開く動作を導くためのデザインについて長い紙面を使って説明しています。読むと、まさにその通り!日常生活のなかで、いかにドアを間違って開こうとしているか、その頻度に逆に驚かされます。なぜ、それに気が付かなかったか不思議になるほどです。その説明の中で、デザイン上の重要な要素として、「アフォーダンス」という言葉がでてきます。アフォーダンスとは「そのものをどのように使うことができるかを決定する最も基礎的な特徴」という意味で使われます。

この意味で、かぎ針というのはアフォーダンスが極めてはっきりしています。初めて触るひとでも、かぎ針と毛糸があれば、針で糸を引っかけてみたりするでしょう。つまりかぎ針の形は、糸を掛けて引っ張る動作をアフォードしています。しかし、同じ編物でも棒針はアフォーダンスに非常に乏しいのです。先が尖った針は決して棒針編みの動きをアフォードしていません。あえて言えば、針で糸を突き刺すというような動作のほうが導かれやすいでしょう。私たちは棒針編みのほうがかぎ針編みより難しいと言われる大きな理由がこのアフォーダンスの欠如にあるのではないかと思っています。したがって、指導者はそのような違った方向へのアフォーダンスが働いていることを理解した上で指導方法を考える必要があるのではないか、これが私たちが「フランス式の編み方」を書く際に感じていた解決すべき問題点でした。長い歴史を経た道具や技法にもまだまだ改良の余地は残されているのです。

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