以前に、体を揺すりながら編むデイルズの「奇妙な魔法使い」の話を書きましたが、’The Old Hand-Knitters of the Dales'(Marie Hartley and Joan Ingilby,The Dalesman Publishing Company Ltd,1951)に、その情景が記述されていました。とみたのりこさんの「海の男たちのセーター」のインタビューから考えれば、これはおそらく実際にこのような編み方をしている人を見た上での記述ではないかと思います。
子供達は、子供専用の小さなシースと体に合った道具を用意するまでは、決して編むことを許されなかった。シースは体の右側に置き、先頭にある穴に一本の針を差し入れた。穴には少し針を動かせる余裕があった。右手は親指と人差し指で針先を挟むように置き、毛糸は人差し指に回し、その指で針に糸を巻きつけた。左手はしっかりと針を握り、一本の指で編目を針から押して外した。「針を短く しなさい」と母親は子供達に注意した。それは可能な限り針先で編むようにしなさいという意味だ。しかし、この技法の秘密は、ほとんどためらうことなく右針が「編目を打つ」、リズミカルな前腕の上下運動にあるだろう。体はあたかもドラムをたたくときのように、この動きに連動して上下に揺れる。この動作は、ゆっくりと行うことが不可能なものであり、結果として編目は目に見えない速さで飛んでいく。
「海の男達のセーター」には、「前後に揺する」とありましたが、この本では「上下」になっています。おそらく人によって違ったか、あるいは見ようによってどうとも取れる動きだったかでしょう。この動きの震源は腕の動きで、それにつられて(あるいはそのリズムを確保するため)、からだ全体がリズムを打つということのようです。ときどき、電車でウォークマンを聞きながら、指で腿を叩いている迷惑な人がいますが、ああいうリズムだったのかもしれません。想像するのに、指先ではなく前腕を使った大きな円弧運動のほうが安定して速く編めるという判断から、このような技法が発展してきたのではないしょうか。もう、この技法の衣鉢を継ぐ人はいないのでしょうかね…。