編物でお金儲けができるのか?

いきなり生々しい話で恐縮ですが、今日は「編物でお金が儲けられるか?」を考えてみたいと思います。回答は言うまでもなくYesです。 編物はかつて内職の中でも割合手間賃のいい方でしたし、今でも注文がまったく無くなっているわけではないでしょう。また、腕のいい方なら街の手芸店やカルチャーセンターで指導する仕事に就くチャンスもあるでしょう。

しかし、生活に十分な稼ぎが可能かということになると、答えに詰まる人がほとんどではないでしょうか。学校や企業の経営者ならいざしらず、ニットデザイナーでも、プロとして自立できている人がどれくらいいるか、かなり疑問です。日本の編物界では、「○糸○ま」に掲載されると一目置かれるらしいのですが、噂に聞くその掲載料の安さは驚きを通り越して苦笑を禁じえないものがあります。

以前、ある編物関係の技芸学園に取材したとき園長先生に、ある著名な編物講師資格について話を振ると、急に語気を荒くして「アンナモノ」と切って捨て、「取ったところで仕事なんかきやしませんよ。ウチの卒業生なら、間違いなく時給千○円は稼げるんですから!」と自信満々に言い放ったのには驚きました。専門学校に4〜5年も通って自立できるくらいの腕前があったとすると、システムエンジニアであれば、その一桁上の時給も不可能ではありません。ドキュメントやデータの入力作業の支払時給単価でも、それより上です。これでは、若い才能を引き付けることは難しいと、暗い気分になったものです。

この前、家のポストに近くのカルチャーセンターのチラシが入っていたのですが、なんとコースの中に「編物」はありせんでした。一昔前では考えられないことです。そのころでは、棒針・かぎ針・レースなど、多数のコースがあるのが普通でした。私たちの考えでは、人気のある講習はなにかしら実利と絡みがあるようです。今の一番人気は、パソコンと英会話ですが、データ入力のアルバイトとか、就職時に有利になるとか、明らかに実利の香りがあります。 水泳やダンスはお金儲けにはなりませんが、主な目的はもちろんダイエットやスタイルアップで、これも実利のうちでしょう。

気をつけなければいけないのは、人間は「お金が儲かる」という話に弱いということです。普通、お金を使うときには十分にその価値を確かめるのが習慣の人でも、こと「儲け話」になると財布の紐が緩む場合があります。つまり、「お金を儲けたい」と思うとき、人は最もお金を搾り取られやすい状態になっています。今だと「ウエブデザイナーで高給を!」などという広告に引っかかってつまらないパソコンを高い値段で売りつけられたり、英会話学校で何百万もの学費を搾り取られたりするという被害が絶えません。

じつは、かつて編物にもそういう時代がありました。「編物で家計を助けよう!」といいつつ、売りつけられるのは高価な「編機」です。編機販売はミシンの販売にヒントを得たのではないかと思う点が多々あるのですが、ミシン販売を始めたシンガーは、世界で始めて割賦販売というシステムを発明したことで知られています。現在のクレジットシステムの先駆けです。(その影響かと思うのですが、日本でもミシンの販売はきわめて怪しく、安心して電気店で選んで買うというような状態にはなっていません。ミシン業界のことについては「ミシンの迷信」というサイトに詳しいので、買おうと思っている方は一度覘いて見ることをお勧めします。)

日本の編機販売の卓越したところは、「編物講師」資格とセットにした販売形態でした。編物の講習会を開き、そこで「講師」の資格を取得したものだけが編機の販売権を得るというシステムで、「講師」になってたくさん編機を売ればマージンが入るという餌に釣られて自分も編機を買わされる人が多かったのです。実際には、編機はミシン以上に利用される機会が少なく、やがて「もっとも押入れで邪魔になるモノ」の筆頭になります。

もちろん、このように沢山の編機が出回ったことが、日本の機械編み文化を世界のトップ水準に押し上げる原動力となったのですから、功績がまったくなかったわけではありませんが、押入れの肥しからやがて粗ゴミとなった編機の数を思うと素直に喜ぶ気持ちにはなれません。 日本ヴォーグ社の「あみもの毛糸いまむかし」(松下義弘,1986)には、このあたりの状況が次のように記述されています。

しかし、これらすぐれた指導者は洋裁に比べると数少なく、編物教室といえば実用性、技術面が先行した教育が行われがちだった。また、その多くは編機販売が目的で、わずか3、4ヶ月の講習で講師免状を与えたりして、昭和30年頃には編物講師は全国に30〜40万人ともいわれた。

したがって、編物教室は粗製濫造。この頃、公認校は約800校、洋裁学校に編物科を併設しているところ800校、大小あわせて2000校ともいわれたが、生徒数100人以上のところは約15%手度、それに編物教室は全国に3万教室。34、5年頃には4、5万教室を数えるようになる。正確な数字とは言い難いが、いずれにしても全国津々浦々に出現していった。

機械の無駄も問題ですが、怪しい動機で「講師」資格をばらまいたために、それに絡め取られる形であちこちに小さい「先生」が出来てしまい、編物愛好家同士の非営利の団体が育たず、自由な交流が阻害されるようになってしまったのは、憎んでも余りある負の遺産です。

つづく…

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