編物で金儲けができるのか?できた人

さて、編物で金儲けができるか、という生々しい話の続編ですが、 前回の話を読まれた方の多くは、「難しい」という結論に同感だったようです。

しかし、そういう常識的な考え方をものともせず、編物で長者番付にまで名を連ねた女性がいます。「みやこ編物」を作った斎藤都世子という女性です。昭和63年分確定申告による国税庁公示の読売新聞の記事を見ますと、納税額は一億三千万円強、なんと、画家の東山魁夷や、ファッションデザイナーの森英恵よりも上位になっています。

彼女の半生は、「華やぎの糸」(中央公論社,出雲井晶,1986)という伝記に描かれたのち、脚本化され、浅利香津代さん主演で公演もされています。 この本の「BOOK」データベース内容は以下のようなものです。

九州若松をひとり旅立った少女は、編物の才にたけていた。 大阪で結婚、のち若松で石炭商を営んだが、夫を戦場に失った。 島根益田で農作業に苦労するうちに再婚、夫を助けて編物に打ち込み、 次第に顧客もふえ事業は急成長した。ニットデザイナーとして独立し遂にカーネギーホールでショーを開くに至る。 編物ひと筋に生き、デザイナーとして華やかに花開いた斎藤都世子をモデルにその半生の光と影を綴る。

この文章の最後にある「光と影」という言葉を借りれば、この本全体が「光」であるような気がします。 というのは、実はもう一冊彼女の半生を描いた本があるからです。それが、「あぶく銭師たちよ!—昭和虚人伝」(ちくま文庫,佐野 眞一,1999)です。 この本で取り上げられている人物は全部で6人。リクルートの創業者・江副浩正氏、地上げの帝王・早坂太吉氏、フジ・サンケイグループの盟主・鹿内春雄氏、代々木ゼミナールの高宮行男氏、占いの細木数子氏、そして 斎藤都世子氏です。

この本によると、斎藤都世子氏の名前が長者番付に上がったのは意図的に所得を多く申告して、マスコミの注目を引くための作戦によるもの、となっています。 また、販売形態は一般の店舗を使わず、マンションの一室などに設けられた「サロン」と呼ばれるところで、「チーフ」「アドバイザー」と呼ばれる女性販売員が販売し、商品の仕切率はチーフが55%、アドバイザーが75%〜90%と、かなり販売員に有利になっており、それに加えて、さまざま報酬制度が販売意欲を高めるシステムとなっていたようです。次から次に出てくる金儲けシステムの話はどれも脂ぎっていて、まさに胸焼けしそうな読後感がありました。さて、肝心の彼女のニットデザインについて、この本は次のように書きます。

みやこの商品はお世辞にもファッショナブルとはいえない。どちらかといえば野暮ったい部類に属するといってよいだろう。その野暮ったい商品がなぜ売れるかといえば、ファッション性を重視するあまり大手アパレルメーカーが切り捨ててきた中高年女性のニーズを、たくみにすいあげているからである。

センスというのは人それぞれですから、これに関してコメントはしません。しかしある年代から上の人のニットデザインに共通する独特のクセのようなものが、いったいどこから来ているのか謎だったのですが、みやこ編物のニットウェアを見て、その一端が解けたような気がしました。

ともあれ、編物という地味でしょぼい感じのジャンルから、一代で「山陰の女王」と呼ばれるほどの財を築き上げたというのは、本当にたいしたものです。もう、このような女傑は二度と登場しないでしょうねぇ。いやいや、日本も広いです。この私がやってみせるという方も、どこかにいらっしゃるかもしれません。ただ、そういう方の人生とは決して交差したくはありませんが。

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