スワッチ vs スウォッチ

私たちが編物ホームページを開いてから5年を越えたのですが、私たちがホームページのコンテンツを書いていたころは、特殊だったため悩んだことが、今では普通になっていることがあって驚くことが出てきました。「英文パターン」なども、私たちが pattern を勝手に訳した言葉ですが、そのころは、「英語で書いてある…」とか、「k とか pとかで説明している…」とか、はっきりした名前はありませんでした。

それよりもっと驚くのは「スワッチ」です。この言葉は私たちがノースリーブセーターの編み方で使うまで、手編みの世界ではあまり一般的ではなかったと思います。よく聞いたのが「ゲージを編む」という言葉ですが、編んだ物の寸法がゲージですから、ゲージそのものを編むことはできません。粗探しのように聞こえるかもしれませんが、私たちの手元にある日本ヴォーグ社の書籍の中を探しても「ゲージを編む」というような表現は一言半句も出てきません。出てくるのは、「ゲージをとる」という言葉だけです。

しかし、「ゲージをとるための試し編みをする」とかでは冗長となりますので、つい中抜きして「ゲージを編む」としてしまうのでしょう。しかし、こういう表現をしているうちに、どうも試し編みの編地そのものをゲージと呼ぶものと誤解する人が増えたのではないでしょうか。

ですから、「ゲージを編む」という間違った表現が減り、「スワッチ(swatch:生地見本の意)を編む」という表現に変わっていくことはいいと思うのですが、このカタカナ表現は散々迷った経緯があるだけに、複雑な気持ちになります。

swatch をどうカナ表記するかですが、時計の Swatchは、 スウォッチジャパンが正式社名です。 Swatch は、 S – watch でしょうから、watch はどうかといえば、セイコーはセイコーウオッチ株式会社が社名でした。ウォッチという表記も結構使われています。

では、ワッチは少数派かというと衣料関係では、ワッチキャップという定番商品があり、これをいまさらウォッチキャップと呼べば、頭に時計がついた帽子とおもわれるかもしれません(そんなことはないかなぁ)。このワッチキャプの元は、船員言葉のワッチ(見張り)から来たのだと思います。ワッチのときに被る帽子ということでしょう。

船員用語からの派生か、watch が時計でなく「注意深く見る」「監視する」という文脈で使われるときはウオッチではなく、ワッチが使われる事例が多いようです。なんと無線などを注意深く「聞く」場合にも「ワッチ」という言葉が使われています。ですから、日本では「ウオッチ=腕時計」「ワッチ=監視」というような使い分けがあるようです。もちろん「街角ウオッチ」などという表現もありますから、厳密なものではありません。さすがに腕時計をワッチとは言わないようですが。

私たちが「スワッチ」というカナ表記を選んだのは、私たちの知る範囲では、業界で生地見本を「スワッチ」と呼ぶのが一般的だったためですが、手編みの世界に業界用語を持ち込む必要があるわけでもなく、 swatchならやっぱり「スウォッチ」が普通ではないかと、悩んだ挙句に「スワッチ」と表記しました。

ちなみに、swatchの a の部分の発音記号は aですから、アメリカ発音ならはっきりしたア、イギリス発音ならオに近い発音です。

今日 googleで「スワッチ」を検索してみると、現時点で、トップこそ生地店のようですが、2番目が私たちのサイト、それ以降も編物関係らしき文章がずらずらと出てきています。どうも、インターネットで「スワッチ」を一番多用しているのは編物愛好者のようです。それとも最近の手編み愛好家は作品をそっちのけでスワッチばかり編んでいるのでしょうか?(笑)

生地関係ではまだまだ少数派ですが、生地見本を「ファブリック・スウォッチ」などと表記する店もでてきました。「ワッチ」が船員用語であるように、「スワッチ」がそのうち手編み愛好者の独特の表記法と呼ばれる日がこないだろうかと(それほど本気ではありませんが)気になったりします。あのとき、もし私たちが「スウォッチ」と表現していたらどうなっていたのでしょうか。やっぱり業界用語の「スワッチ」に収束していったのか、それとも「スウォッチ」も市民権を獲得したのか。「スウォッチ」ならまかりまちがっても編物サイトが検索の上位にくることなどありえなかっただろう… などと意味もなく思い返したりしています。

なぜ、今日こんなことを書いたかですが、現時点で、あまり vintage knit という表現 (1900年代の古い名作ニットという意味で)が日本の手編み界は流布していないからです。先日、私たちはちょっと迷って「ビンテージ」ではなく「ヴィンテージ」という表記を使いました。 これは watch=ワッチ よりはよほど一般的に使われていますので、さほど違和感はありませんでしたが、 vintage knit が日本ではヴィンテージ・ニットとなるか、はたまたビンテージ・ニットとなるか、それともバラバラか、または「熟成編物」とか翻訳されるか(まさかね〜)、先のことを考えてみても、こればかりは全く分かりませんね。

ゲーテとは、俺のことかとギョエテ言い − 詠み人知らず

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