商業の島、ガーンジー島。ガーンジーの伝説(14)

前回書いたように、前後同じガーンジーセーター=「封筒ガーンジー」は、商用に開発されたものであり、ガーンジー島でよく見られることから、ますます怪しいと感じた、という話の続きをしたい。

ガーンジー島とは

ガーンジー島は、イギリスとフランスの間にあり、交通至便、商業の発達した場所である。今もタックス・ヘイブンと呼ばれるほど税金が安い。伝統的ガーンジーセーターが独自の発達をしたのは、都会から遠く離れた場所が多いが、ガーンジー島は商業の中心地なのだ。衣料品にこの島の名前がつけられたのは、イギリスが特産品として、毛織物やウールのニット製品を盛んに輸出する際、ガーンジー島やジャージー島といったチャネル諸島を経由していたことが原因だろう(語源は正確にはわかっていない)。とにかくこの島でウール製品に困ることなど考えられない。

自家用より商品の方が多い

ガーンジー島・ジャージー島などのチャネル諸島では、かつて手編み製品は一大産業であり、原料のウールが島の羊だけでは足りなくなり、イギリス本島から輸入しなければならなかったほどだった。つまりガーンジー島では、ニット製品は本格的な商品だったのだ。

ニットを専業とするということは、家族用とは比較にならないほど多数のガーンジーセーターを編み、それを売って生計をたてるということだ。これでは、地方色のあるセーターが生まれる余地がない。島の人間は商業的な要求にこたえるべく、何でも編んでいただろう。ガーンジー島にあったセーター全体の数のうち、圧倒的多数は商品だったはずだ。ガーンジー島は、寒村の漁民の嫁が、地元の羊の毛を紡いで夫に編むというような民話的世界とはかけ離れた場所だったのだ。

ガーンジー島伝統ニットの写真

ガーンジー島の伝統ニットを語るページや本では、必ずといっていいほど、ガーンジー・フォーク・ミュージアムのこの写真が出てくる。

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この人物が着ているガーンジーセーターが「封筒ガーンジー」である。首元にスカーフを入れてクルーネックの代わりにしているが、これくらいネックが開いていればどれだけ頭の大きな人間でも通るだろうし、大きく開いているから、封筒型でも首の前の部分が苦しくないわけだ。だが、オーダーメイド製品として見るなら、エリのゴム編みの下にくっきり斜めのシワが入っているのが、実にみっともない。客の体型に合わせて縫製したジャケットのこんな場所にシワが出来たことを想像してみてほしい。プロの名折れだ。職人のプライドが許さないだろう。こんなシワが気にならず、平気で写真に収まるのだから、すでに100年も前から、ガーンジー島に住むような都会人は「既製品」ニットに慣れ、「オーダーメイド」の手編みニットに対する感性を失っていたことがわかる。想像だが、編む側もこういう場所にいれば鈍感になり、自家用のセーターにも、こういうネックで編むようになっていたかもしれない。

たた夫の母親は和裁が得意だったから家族中の和服を縫い上げた上に、近所の晴れ着から七五三の袴まで、色々なものを請け負っていた。既製品の和服を着て着丈が足らずにスネを丸出しにしている男とすれ違ったりすると、他人事なのに、「なんてだらしない!あんなモノ着て出歩くなんて!」としばらく怒りが収まらなかった。上の写真を当時、腕に自信のあるニッターが見たら、なんて言うかと想像すると笑いがこみ上げてくる。

この写真の不思議なところ

この写真は、ガーンジーセーターが写っている同時代の写真と比較して、非常に変わった特徴がある。この時代の写真は写真館で写した記念写真が多く、戸外の場合は学級写真のような集合写真が多い。今でもそうだが、記念写真は、写される人間がカメラを見てシャッターを切る。ところが、この写真の人物は体をやや斜めに構え、カメラから大きく視線を外しているが、これは記念写真としては、不自然ではないだろうか。まあ、昔から格好つけようと、樽に片足をのせ、肩にジャケットをひっかけて、あさっての方向を見る人物はいるし、今でも、わざわざポーズをつけて「目線はこっち」と指示する写真館もある。しかし、この男は帽子もナナメにかぶって気取っており、またそれが決まっている。田舎の写真屋のオヤジの仕事ではあるまい。

backshadowさらに、この写真は顔から首に柔らかい陰影が出ているので、明らかに室内で撮影されている。ところが背景を見てみると、不鮮明だが、どうやら海と島の一部のように見える。実は屋外撮影なのだろうか?そこで下半身部分を確認すると、驚愕の事実が見つかる。なんと、背景に人影が落ちているのだ!つまり、この人物は屋内にいて、風景を描いた絵の前に座っていることになる。そして、ポーズを見てほしい。両手を前で組んでいる。セーターを見せたいときにするポーズではない。セーターも色あせたような感じで、白黒だからわからないが、紺色ではなく灰色のようにも見えるし、袖付けの部分のシワを見ると、かなりペラペラしたものだ。機械編みかもしれない。どう見てもこの写真の主役はセーターではない。

写真の主役は「腕抜き」

ではこの写真のテーマは何か?男の手元を見ると、そこだけひときわ濃い色の「腕抜き」のようなものをはめているのが見えるだろう。これは「ガーンジースリーブ」という製品である。セーターの中で最も痛みやすいのが袖口だ。袖口がほころんだセーターはみっともない。しかし「ガーンジースリーブ」をはめておけば、その予防にもなるし、ほつれてしまったセーターも隠せる。

商業写真だった

これで、写真の正体はほぼ判明しただろう。これは「ガーンジースリーブ」のコマーシャルフォトだ。だから、モデルは (この男はプロのモデルで、フィッシャーマンじゃないだろう。都会的なヒゲ、色白で男前、決定的なのは指が細いこと。一番上の写真の右側の海の男のゴツイ指と比べてみて欲しい。こんなヤワな指のフィッシャーマンがいるわけない) カメラを見ずに、ポーズをとっている。そして、寒さに強いことをアピールすべく荒波打ち付ける海岸を背景にする。写真のキズでなければ、雪が舞っているようにも見える。そして、微妙に安物感のある封筒セーターに新しい「ガーンジースリーブ」を着用し、それを見せつけるように胸の前で腕を組む。どう見ても商業写真そのものだ。今だったら「背景は合成です」とか「海はイメージです」とか極小のフォントででも入れておかないとダメってレベルだ。こんなのは、厳密な意味では「フォーク」に入らないのではないかと思うのだが、ちゃっかりフォーク・ミュージアムに収まっているあたりに、ガーンジー島は昔から商魂たくましい場所だったことが透けて見えるのだ。

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