前後がないセーターの正体。ガーンジーの伝説(12)

前後がないセーターの理由

前回、ガーンジーセーターは、クルーネックやハイネックが多く、しかも見た目・着心地・保温性などを工夫していく過程で、様々なバリエーションが生まれたのだろうと書いた。では、着心地や保温性の面で劣る、前後のないガーンジーセーターは、なぜ生まれたのか。そして、ショップがそれをガーンジーセーターの特徴だと主張するのはなぜか、今回はそれについて書きたい。

もちろん、手編みのガーンジーセーターは多種多様だから、その中に前後のないネックラインがあることは不思議な話ではないし、それを選ぶ地域や時代もあったかもしれない。また、今も昔も色々な人や民族がいるから、なかには本当に前後を返して着たいと思う人だっていただろう。

しかし、なぜ前後のないネックをガーンジーセーターの一大特徴のように言うのだろう?そういうネックラインが普通だった場所があるのだろうか?

昔もセーターは売っていた

ガーンジーセーターというと、フィッシャーマンの妻が夫のために編んだという話が有名だ。これは、伝説ではなく事実だが、独身、あるいは妻が病気のフィッシャーマンも、裸で漁に出る訳にもいかない。結局、どうするかと言えば、金で買うことになる。また、ガーンジーセーターは船員を含めた海運業者にも愛用されており、需要は高かった。

ロマンチックな思い入れの罪 ガーンジーの伝説(3)

上の記事にも書いたが、1900年の記録によると、ガーンジーセーターの相場は一着17.5ペンスである。つまり、ガーンジーセーターは自家用であると同時に商品でもあったのだ。農家でも、換金作物を家族で消費することがあるように、編み物は現金収入を得るための貴重な商品であるが、家族用にも編んで着ていたわけだ。

クルーネックは商品に不適

前回書いたように、クルーネックというのは技術的に難しい。それに加えて、人によって頭の大きさ、首の太さは違うし、手編み製品は完全に同じものができない可能性があるので、商品として考えた場合、クルーネックはリスクが高い。つまりオーダーメイドとテーラーメイドで考え方が違うわけだ。そうなると、テーラーメイド・ガーンジーセーターは、首元をあまり狭くしない方が安全だ。開きすぎて寒い場合は何かを首に巻くことで対応できるが、小さすぎると即不良品になるので歩留まりが悪くなる。現在でも、先月、通販でハイネックセーターを買ったら、まったく頭が通らない商品が届いて、返品したことがある。(実店舗で同じ商品を試着してみた時は、ちゃんと着られた。)

商品なら値段がものをいう

さらに商品となれば、価格が重要である。もちろん、着心地がいいに越したことはないが、少々悪くても安価なら、おそらくそちらの方がよく売れたのではないだろうか。商品という観点から見ると、前ぐりなしに前後とも肩まで編み上げ、首部分の目を多めに休めて、両肩をはぎ、休めた目を針に戻して輪編みを始めれば、面倒な拾い目の必要がない!(セーターを編んだことがない人間にはちんぷんかんぷんの説明で申し訳ない。)これが一番ガーンジーセーターを速く編み上げる方法だろう。人間が一目ずつ編んでいるわけだから、ちょっとした効率の違いによる編み上がりまでの時間差は、機械とは比較にならないほど大きい。

同じものを量産するには

速いうえに、誰が編んでも同じように仕上がる。これは商品として重要な特徴だ。(手編みをしないと、意味がわかりにくいだろうが、丸い部分から拾い目をするのは難しく、人によって微妙にラインが変わってしまうことがある。これはミシンがけでも同じだろう。襟元を丸く左右対称に縫うのは技術がいる)いくら昔でも、誰もが天才的な腕前だったはずはない。なにしろ、年端も行かない子供さえ編み物をしていたのだ。簡単に編めてニッターを選ばない方が供給元が増えて増産できる。

輸送・保管時の利点

この編み方のもう一つの利点は、前後が同じで、首元のゴム編みも上に伸びているので、二つ折りにしたままでも、形が崩れにくいことだ。クルーネックだと輪編みの一部は上、一部は前になるので、たたみ方次第では、ネックのゴム編みにシワがつき、販売前に整えたりしなかればならない可能性があるが、前後同じセーターなら、ぎゅうぎゅう詰めにしても型崩れがおきにくいので、輸送や保管に便利である。

結論: 商用デザインだろう

こういう点を総合的に考えると、前後同じガーンジーセーターは、商品用セーターとしてデザインされた疑いが強い。残念ながら、自家用も商品用も同じ手編みで、ブランドラベルなどがなければ、時間が経てば両者の区別はつかない。しかし、こう考えると前後の区別のないガーンジーセーターが生まれた理由も、ショップがこれこそ本物ですよとアピールする理由も、きれいに説明がつく。

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